物語の速度・規模 その11

      小手先のリズム形成A




 小説では、映画のような視覚的目まぐるしさのある表現は難しい。だが小説で得意なのは、内的な世界観だ。

 例えばネズミとゾウでは寿命に大きな違いがあるのに、両者とも一生に打つ心臓の鼓動数は同じだという。
 そのことから同じ時間が経過しても、寿命の長いゾウにとって、時間はゆったりしたものに。寿命の短いネズミにとっての時間は、早く過ぎ去るように感じられるのではないか。そんな考え方がある。

 実際に人間でも、退屈な時間は長く感じられるが。楽しい時は、あっという間に過ぎ去ってしまうように感じられる。同じ一時間でも、体感時間は違う。
 時間感覚は心理状態に左右されるのだ。小説におけるリズムもそうだ。

 だからこそ、物語中でコトが起こる前には、より強く、心理的なプレッシャーをかけておくと効果的だ。
 演劇理論に《漸増漸減の法則》というものがある。物語の進行に伴って、だんだんと情報量を多く、リズムは早くする、というものだ。必ずしも正しいとはボクも思わないが、場合により有効な手法ではあるだろう。

 ラストの盛り上がりが近づくにつれ、スケールは大きく。描写密度は濃く。読者と焦点子の距離感は身近にしてゆく。するとアップテンポの効果となり、読者のハラハラドキドキ感を増す助けとなるだろう。

 こうした心理的・内的なプレッシャーまで含めての表現こそ、小説の得意とする分野であり。他メディアでは難しかったりする。
 ここぞという時に使おう。


 かのように最高の文章というものは、単に速度においてばかりでなく、感情の強弱においても複雑なリズムをもっているものだ。
 例えば強い感情を抱いたということは、焦点子にとって重要な事件が起こったことになる。ならば同じ時間経過でも、スケールが大きくなったといえよう。

 同じ時間経過、つまりは同じ物語内容だというのに、いきなりスケールが大きくなったらどうなるか。
 スケールが小さいということは、フレームも小さいということだ。小さなフレームは全体を一気に見渡すのも簡単だ。
 しかしスケールが大きくなると、全体は把握しづらくなる。だから強い感情を抱くと、周囲が見えなくなるわけだ。

 またスケールが大きくなったというのに、表現できる文章量というフレームは変わらない。例えるなら、ちょうど小さな箱の中で、大きな風船が膨らんだようなものだ。当然、箱の中は風船でいっぱいになる。
 文章ならば、フォーカスに関して濃密な描写が行われ、他は排除されることになる。描写密度は濃くなったのだから、時間経過の早さはスローモーションとなる。
 逆にいえば、フレームを変えずにスケールを大きくすれば、スローモーションの効果を得られるということにもなるだろう。

 というようにモチーフの選択から始めて、リズムを操作するという手法もあるのだと憶えておいて欲しい。


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