視点 その4

   立場としての視点(1)




 では「立場としての視点」とはどのようなものなのか。また、たとえ話をしよう。

 この話には主に、三人の登場人物が出て来る。一人目は優柔不断な男。二人目は男の妻で、昔ながらの貞操観念をかたくなに守っている。三人目は、男の不倫相手である愛人の女性だ。
 以上の登場人物だけで簡単に想像できるだろう。この話のあらすじは、妻と愛人、ふたりの女性が男を取り合う、と言うものである。
 だがこの物語、実はまだ主人公が決まっていない。いったい主人公にふさわしいのは誰だろうか。

 もしも妻を主人公にした場合はどうなるだろうか。
 描かれるのは、男のだらしなさと、愛人の無責任で放埒な姿だ。恐らくは、日常と家庭を守るために主人公である妻が奮闘する物語となるだろう。
 ならば愛人を主人公とした場合はどうなるか。
 物語では、古い貞操観念に縛られた、妻と言う女との争い。そして男との逢瀬の日々が描かれることになる。恐らくは、自由な真実の愛を求める内容となるだろう。

 両方の物語ともやっていることは同じだ。だが主人公を変えることで、全く逆の印象を抱かせる物語となる。
 だからもちろん、男が主人公であった場合はどうなるか。また、三人の中の誰でもない。公平な第三者が、この状況を傍観した場合であっても、印象は変わって来るだろう。

 この変化はさきほど説明した「観点としての視点」の変化により起こっている。同じモチーフでも、異なる《観点》を通して描かれたことで、異なった印象を受けることになる。
 ならばその《観点》を持っているのは誰なのか。この例では、主人公と言うことになっているが、別に何者でもない第三者でも《観点》は持ちうる。
 あえて言うなら、《観点》を持っているのは、語り手であると言うことになるだろう。
 語り手とは「昔々ある所に」ではじまる、お話を語って聞かせてくれる人のことだと考えてくれれば良い。

 語り手の役目とは、物語内のモチーフを読者に伝えることだ。小説には、必ず語り手が存在する。語り手がいなければ、物語内で起こったことを、読者が知りようがない。
 そして「立場としての視点」の《立場》とは何か。語り手の、物語内における立場と言うことになる。

 語り手は何者なのか。また語り手は物語の中でどこにいて、どこからモチーフを観察しているのか。
 「観点としての視点」が価値判断基準そのものであるとするならば。
 「立場としての視点」とは、その価値判断基準を持つ語り手と、語り手の物語における立ち位置だということになる。


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