タイムテーブルで映画を分析しよう
その1

    時間芸術としての映画




 構成技法は、ただ記憶しただけでは使いこなせません。慣れと熟練が必要とされます。
 他人の作品を分析し、自分の手で同じような作品が描けないか、再構築してみる。お手本通り、イチから自分の手で作ってみる。分析は解体するだけですが。解体した部品を組み立てるには、全体の設計図を見なければいけない。
 この「全体の設計図」というのが構成です。

 特に、構成の上達が早い修行法が、映画の分析です。
 なぜ映画を撮影するのか。もちろん商業目的なのだから、無制限の長さというわけにいかない。二時間なら二時間の、限られた時間内で全て見せなくてはならない。映画は物語のエッセンスが二時間に詰まっています。
 だから、映画とは時間芸術である、と説く人もいるくらいです。
 映画のシーンに無駄はありません。無駄があるとすればそれは、わざとやっているか、単にダメ映画だからか、どちらかの理由になります。

 また映画ほど、政治に利用されてきた芸術もありません。政治的すなわち、意図的な創作ということになるでしょう。
 分析しながら、作る人の身になる。なぜ、そのような映画にしたのか。どうやって伝えようとしているのか。作者の意図は、構成に宿ります。
 映画ほど構成の教科書に、格好のメディアはありません。

 ただ上達の早い修行法だといっても、社会人になると仕事があるし、二時間の拘束はキツくなります。できれば暇のある若いうちに、サッサとやりたいところ。
 映画の分析は、初心者ほど特にめざましい成長を見込めるはずです。
 というわけで用意してください。このタイムテーブルを参考にして。メモと筆記用具は忘れずに。ストップウォッチもあれば便利なところ。
 では、さあボクがどのように映画を見ているか、一緒に鑑賞するとしましょう。



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