「起点設定」による冒頭の特殊技法


 難易度 : ★★☆ (小手先)

 習得前提技術 : 描写、構成



 作品を読み始めて、気が付くと、すんなりと物語内に入っていた。と言うような効果を演出する、冒頭の特殊技法を紹介させてもらいます。

 語り手は、読者が物語について何も知らない、と言うところから始めなければなりません。だから読者としては、まず物語内で何が起こっているのか。おおまかな状況を把握したいはずです。ならば作者としては、そうした読者の欲求に答えるために、どうすれば良いのか。

 対策のひとつとしては、このような技法があります。
 書き出しから、物語の《起点》となる情報を提示してやれば良いのです。

 作品を読み始めた読者は、まだ物語について何も知りません。だから、いつ、どこで、何が起こっているのか、主人公は何者なのか、まずは明示してやる。
 具体的には、時間軸と方向軸を狂わせない。時と場所、そして状況に関する情報がすっきりしていれば、読者はその文に入るのが楽になります。


《実例》
「この夏休みにハワイに行った」
「昨日、北斎の展覧会を見た」
「先週の土曜日に友人の山本が結婚した」

 つまりは書き出しから、物語に関する説明をしてやれば良いのです。それも、ごくごく普通に。基本的には、5W1Hに関する文章を、書いておけば充分でしょう。

《5W1Hの内容》
 ・いつ(When)
 ・どこで(Where)
 ・だれが(Who)
 ・なにを(What)
 ・なぜ(Why)
 ・どのように(How)

 すると、物語を読むために必要な、前提として伝えるべき情報が、まず読者に伝わります。ゆえに、冒頭から物語に入り込むことが簡単になる。また作者にしても、何を書けば良いのか。頭の中が整理できるので、無駄な冒頭を書かずに済みます。
 そう考えると。こうした、あっさりした文章からなら、簡単に書くことも出来るでしょうから。肩の力も抜けると言うものです。


 ところで、いきなりセリフから入る冒頭とは映画のカメラワークで言えば、顔のクローズアップから始まるようなものになります。
 冒頭の種類としては、開幕早々に読者を驚かせる、《張り手型》に近くなるでしょう。

《実例》
「『見ろ、あの山を』と、私は思わず叫んでいた」

 対して、状況説明から入る冒頭とは、俯瞰によるカメラワークと言うことになるでしょうか。
 そして俯瞰的なカメラワークでの冒頭は、種類としてならば、《撫ぜ型》となります。これはさきほどの《張り手型》とは全く対照的な手法で、いきなり驚かせるのではない。順序よく説明して行くやり方です。

 ちなみに俯瞰的な文章とは。
 一人称でならば、自分自身をもうひとりの自分が観察している、《客観的な自己》による主観となる。三人称では、極力主観の排除された無人称。いわゆる《神の視点》となります。
 すると結果としてどのみち、俯瞰的な文章は、事実だけを淡々と書く。まさしく説明文となります。驚かせる効果は薄いでしょうが。順序良く物事を伝えるためには、最適な文体と言えるでしょう。

 ただ、インパクト狙いと言う意味では、確かに《張り手型》の冒頭を使った方が効果的に思えます。しかし《張り手型》の冒頭にも欠点はあります。
 冒頭がセリフから入った場合。どうしても、クローズアップした状態からカメラが引いて、どんな場所で何をしているのかがわかる、といった展開になる。つまり《張り手型》の冒頭では、物語についての前提情報を後から説明しなければならない。すると、その分だけ冒頭のスピードが遅くなってしまうのです。
 《張り手型》の冒頭にすれば、インパクトもスピード感も出るようになる、と考えてはいけません。むしろ、よほど巧く読者の興味を引きつけない限り、《張り手型》の冒頭技法は逆効果になってしまうでしょう。

 また《張り手型》の冒頭としては、セリフから入る冒頭や、事件から入る冒頭の他に。美文体から入る冒頭があります。

《美文体の冒頭例》
「月下で白々と輝く《それ》が飛来して、彼をかすめた……かのように思われた」

 美文体で書かれた文章は、なかなか一読では理解しづらいものです。そこで《張り手型》の宿命ですね。後から読者に説明しなければならない。ちなみにこの、後付の説明を《毒消し》と言います。
 そう言えば、セリフから入る冒頭も、物語の状況について曖昧なままで読み始めています。そう言った点では《張り手型》で始まる冒頭はどうしても、イメージが曖昧になりがちになる、と言えるでしょう。

 すると以上から、《張り手型》的な冒頭の特徴は、クローズアップのカメラワークで、曖昧なイメージから入っている、と言うことが分かってきます。
 対して、冒頭における起点の設定では、俯瞰のカメラワークとなる。すると文体の理想は、明確な説明文と言うことになります。

 ならば。
 些細なことよりも、物語の概要を伝える。そして、曖昧なイメージよりも、明確なイメージを伝える。
 以上が、物語に読者を入り込みやすくするための条件である、と考えられます。


《例》
(クローズアップ)
「月下で白々と輝く《それ》が飛来して、彼をかすめた……かのように思われた」
  ↓
「彼は剣をかろうじて避ける」
  ↓
「彼は旅の途中で盗賊に襲われていた」
(俯瞰)

 冒頭において「起点設定」が行われていると、どうして読者は作中に入り込みやすくなるのか。これは、物語についての基本的な情報を得ているから、と言うだけではありません。
 では、冒頭における「起点設定」が、どのような効果を持っているのでしょうか。

 冒頭に置かれた「起点設定」により読者はまず、物語の概要を理解する。それから物語の詳細な内容を理解して、感情移入をすることになります。
 つまり「起点設定」の効果によって。物語が進むと、俯瞰からクローズアップへ。カメラワークが近くなる。読み始めた時は他人事に過ぎなかった物語の内容が、だんだんと身近な出来事に感じられるようになるのです。
 実は「起点設定」による、この効果は存外に大きい。
 例えば、いきなり読者の目の前に現れた、赤の他人が悩みを告白しても感情移入できるものではありません。しかしこれが、多少なりとも事情を知ってしまった相手ならば、どうでしょうか。ちょっとは話も聞いてやろうと言う気になるはず。
 そうやって、徐々に読者を物語内から逃げられないようにしてやれば良いのです。

 だからこの技法は、《身近》から《他人事》まで。冒頭での「起点設定」から、物語本編まで。カメラワークにいくつかの段階を付けながら、物語を展開させると、より効果的になるでしょう。
 また、異なる性質を持った技法を組み合わせるのも、面白いやり方かもしれません。

 例えば、《張り手型》冒頭の書き出しに、あえて「起点の設定」技法を使ってみる。すると読者を物語世界に入り込ませて、いったん安心させてから、存分に驚かせることができます。

 また、《張り手型》から入って、さっと「起点設定」を行う。そしてまた《張り手型》に戻る。そうして《張り手型》での驚きと、入り込みやすい冒頭効果との両立を狙う。
 そんな技法も効果的かもしれません。

 と以上のように、この技法の応用範囲はかなり広いものとなっています。例えばの話ですが。冒頭の技法は、シーン転換の「つなぎ」にも応用可能ですし。
 そうやって御自分で工夫して、オリジナルの技法を生み出してみるのも面白いでしょうね。



 応用範囲 → 描写、構成



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