黙説法 難易度 : ★★☆ (小手先) 習得前提技術 : 描写 |
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■黙説法の原理 《黙説法》・《レティサンス》・《故意のいい落とし》と呼ばれる技法がある。つまり、あえて語らないことで、なまじ語るより以上の効果を得ようとするのだ。 とはいっても、単に「途中から語らない」というだけではない。黙説法は「書かれていないのにそう思う」「何となくそう思う」といった語感を読者に与える。 どうして、文章として書かれていないことが、読んで理解できてしまうのか。試しに、下の文字列を見て欲しい。
さて問題です。文字列の「□」には何が入るでしょうか? 答えは「C」ですね。他の答えがある、という人は勘弁してください。 ならば、どうしてこのような答えが導き出されたのか。それは、文字列が英語のアルファベット順だから、ということになります。 試しに、もう一回やってみましょうか。下の数列で「□」に入る数を答えなさい。
上の数列は偶数に関するものなので。答えは「6」になりますね。 このように語られない箇所の、前後は明らかにしつつ、全体の枠組みを示す。すると、何が語られなかったのか、予想できるようになるものです。 『ルビンの壺』という騙し絵を御存知でしょうか? 画像の中央に注目すると、ギザギザのある壺の絵に見える。しかし視点を変えて画像の両端に注目すると、ふたりの人物がキスしようとしている絵に見える。 存在するものによって、存在しないものが際立ち。存在しないものによって、存在するのが際立つ。 黙説法の、これが原理だと思って良いでしょう。 ■黙説法の使い方 ならば、黙説法とはいかなる時に使うべきなのか。いくつか使い方と共に、実例を紹介してみましょう。 まずありがちなのが、あえて明言を避けることで、読者の想像を膨らませたい場合。
この例にある「……(三点リーダー)」の部分が、あえて語られない部分となります。実際に何をすると説明は成されない。しかし、恐怖心をあおり立てることにより、黙説法的に脅迫を行っているわけです。 それから、語ってしまうと陳腐になってしまう、野暮になる場合。暗にほのめかしたい場合です。 例えば小説描写において「愛」とか「憎しみ」などという、「そのまんま過ぎる言葉」を使ってしまうと、陳腐になって効果がなくなってしまいがちです。
そこを黙説法を使ってしまうことで、描写を行ってしまうという手があります。
この例は、登場人物が言葉に詰まることにより沈黙が作られて、黙説法としての効果が演出されているます。 つまりこれは、沈黙が描写技法におけるパーツ代わりと使われているわけですね。 あるモチーフを描写するのに、甲乙丙丁の4つが必要だとして。丙を前後の甲乙丁で代用しているようなものと考えてください。 また特殊な使い方となるのですが。登場人物は地の文での情報を全て知っているとは限らない。しかし読者は全て知っている。こうした情報量の格差を利用して、読者の知覚を作品の内部に導入することもできます。 この使い方の良例として、そして黙説法の使い方として良例に挙げられる作品があります。夏目漱石の短編集『夢十夜』にある第三夜です。
親が子供を背負って歩いている。だがどうにも自分の子供が不気味でならなくなってきた。そこで男は背負った子を捨ててしまおうと考え、地の文で表現された瞬間。まるで男の心中を見透かしたかのように、子の台詞が挿入される。 そうやって語られないことで、とてつもない緊張感が維持され。そしてラストで謎が空かされる。 ……何度読んでも名作です。 ■黙説法の応用法 黙説法の使い途は、文章描写に限りません。 まず分かりやすいところでは、シーンの黙説法化ということが考えられます。 例えばラブシーンで、恋人たちがキスをしている。その後、何があったのか詳細が省略され、代わりに時間経過だけが報告される。そして恋人たちの衣服が乱れていたら、どうなるか。 省略により妄想を膨らませ、「何かあったのか?」いやむしろ「むしろヤったな?」という感想を読者に与えることができる。 そして、これは小説でないと不可能な技法になります。 受け身の主体を強調することで、そこに書いていない動作の主体を感じさせる。そこにはないものを、そこにあるように書いてしまう。描かれている内容の現実にはないものを、文の動きの中に漂わせる。 どのような使い方をするのか。これもまたラブシーンの例で申し訳ない。男と女のセックスシーンで、女の状態を描写することで、男の行為もわからせることが出来ます。逆もまた可能でしょう。 ちなみに……この使い方の実例文は自重させてもらいますよ? また黙説法に限らず、ひとつの技法は物語の様々な階層において使うことが可能である、ということを忘れてはいけません。物語の設定レベル、関係性と存在で、使うとどうなるのか。 例えば魔王がいて、とらわれの姫がいる。ならば勇者もいなくてはならないだろう、ということになります。 あるべきものが語られないことで、予想されてしまう。これもまた黙説法的なやり方といえるかもしれません。 ■黙説法の注意点 ずっと紹介させてもらって悪いのですが。黙説法とは本っっっ当に、使いどころの少ない技法です。恐らくは、まず滅多に使う機会もないでしょう。実はボクも練習はしたし、研究もした。ですが実戦で黙説法を使った経験はありません。 なぜなら技というのは、使うべき時が来たら自然と出てくるものであって。使うぞ、使うぞ、と考えながら使うべきものではないからです。ゆえに機会がなかったので、使ったこともなかった。 それを、せっかく知ったのだからと無理に使おうとしたら、どうなるか。 ありがちな黙説法の失敗としては、単なる説明不足になってしまう、ということがあります。 「書かない」のと「説明しない」のとは全く違います。いくつもの解釈が可能なうちは、まだダメ。黙説法を使った箇所の解釈は、ひとつに絞っておきましょう。でないと読者が確実に混乱します。それこそ、後で「正解」を明かしてしまうくらいが丁度良いかもしれません。 黙説法とは、読者の存在そのものを媒介することによって、はじめて完成する技法なのである。読者に頼りすぎない。これが黙説法における、最大の注意点となります。……ただ表現なんてもの、読者がいて成り立つのは、当たり前の話ではあるのですけどね。 加えて、黙説法を使いたいというのならば、使うまでの伏線が大事だと心得てください。 くれぐれも安易に多用しない。黙説法を使うその一点のため、作品の最初から最後まで仕掛けを作ることになるはずです。 ……おかげで黙説法とは、滅多に使い途のない技法となっています。使えたとしても良いところ、一作に一回のみ。 本当に小細工としかいいようのない技法なのです。 ■黙説法の意義 ですがボクはこの黙説法という、小細工にしかならない技法が好きです。 なぜなら黙説法の存在は、果たして表現とは何なのか? その本質を教えてくれる気がするからです。 「何も出来ない」人間には、「何もしない」という一個の選択肢しか与えられません。ですがそれは「選択しない」のではない。ただ単に「選択出来ない」というだけに過ぎない。そこに自由意思は介在しません。 しかし「文章が書ける」人間には、「あえて書かない」という選択肢が与えられるようになります。「あえて書かない」というのも、多くある表現方法のひとつなのです。 例えば、大声を上げて人を驚かせるには、前後に静寂が必要です。同じように「説明しない」・「書かない」という選択肢を、あえて採る場合だってある。 実在に対する不在、空白、ポジに対するネガ、沈黙の語り、言及の不可能性……沈黙にも意味があります。そして、沈黙に意味を付加させるのが黙説法という技法である。 ならば沈黙によって、何を語るのか。何が語れるのか。 技法としては使う機会がなくとも。表現者ならば、憶えて損はない概念だと思いますよ。 |
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応用範囲 → 構成、設定 |