描写 その2

   描写と説明




 《描写》とは何か。簡単に言うと、イメージの再現である。
 物語中の世界に登場する、対象や存在や状況や事象は、物語の中だけの存在である。現実のものではない。しかし非現実の存在を、読者が現実のものとしてイメージするようになる。そのための作業が《描写》である。

 もちろん「何があるか」と言う説明だけなら誰でもできる。
 本物そっくりにリンゴの絵を描くのは難しい。しかし、「リンゴがある」と文章で書くことは誰でもできる。「リンゴがある」と言う文章が書ければ、誰でもそこに「リンゴがある」ことは理解できる。
 だがそこまでだ。「リンゴがある」の一文だけで、例えば読者に食欲を沸かせることはできない。これが写実画であれば、まだ「おいしそうだ」くらいは思えたかもしれないが。
 「リンゴがある」と言う説明だけでは、目の前にリンゴが存在している実感を、読者に与えることはできない。同じように、日差しの温かさも、風のそよぎも、恋する切なさも、説明では読者に実感は与えられない。
 読者が小説に求めるのは、説明により「知ること」ではない。読むことで、自分も物語世界の一員として、登場人物と肩を並べることだ。

 ではなぜ、説明で実感は生じないのか。それは、実感や情緒など、感覚や感情に関するものは言語化できないからだ。
 論理によって証明可能なものは、言語化できるものに限る。情緒を説明するのは不可能である。ゆえに説明によって、読者に「実際になにかがそこにある」と感じさせることはできない。
 ならば、言葉にならないイメージを、言葉でもってどう代用するか。
 イメージに実感を与えるのが《描写》の役割だ。

 説明と描写とは違う。
 「書く」のと「描く」のでは違う。
 《説明》が「説き明らかにする」作業ならば、《描写》は「描き写す」作業である。
 《説明》が理解する過程であるならば、理解以前の状態の「イメージを浮かび上がらせる」のが《描写》である。


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