視点 その3 観点としての視点(2) |
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だが以上の話と、小説を書くのに、何の関係があるのか。「物事には様々な側面がある」なんて、かしこまって哲学的な話をされても、小説を書くのには役に立たないだろう、と普通なら思うだろう。 だから更なる説明のために、もうひとつの例を挙げてみよう。 どんな時も必ず時間を厳守する男がいたとする。ある人は彼のことを真面目な人間だと、好印象を持っている。だが一方、別のある人は彼に対して、融通の効かない堅物だとして、悪い印象を抱いている。 ずっと説明しているように、物事は色々な面を持っている。同じ人に対して違う印象を抱くなどと言うことも、珍しくはない。 ましてや人間そのものを知る、と言うのは実質不可能に近い。違う面は無数に存在し、場合によっていくらでも異なる姿を見せる。 つまり、だ。ボクが一体何を言いたいのかと言うと、この話の男が、もしも小説内の登場人物だったらどうするか。 つまりは、モチーフであったらどうなるか、と言うことだ。 小説での描写において大事なのは、「何を」描くかではない。「どのような」何を描くか。その印象を伝える必要がある。これは『描写講座』において既に説明した。 だから通り一遍の描写と言うものはありえない。 高価な宝石も、持つ人によっては至宝ともなるし、単なる石コロともなる。 いくら破壊力のある銃があっても、ただそれだけでは恐いとは思わない。「どんな奴が」「どんなつもりで」銃を手にしているのかが恐怖を煽るのだ。 同じモチーフもも、印象によって描かれ方は変わって来る。 もし誰かが「時間を厳守する男」を主人公とした小説を書くとしよう。語り手が主人公に対して、好意的な印象を持っているか。それとも悪い印象を持っているか。その差によって、主人公の描かれ方はやはり変わって来るだろうし、もしかするとストーリーも変わるだろう。 だから描写には、モチーフをどのように捉えるのか、世界をどのように見るのか、その価値観の立脚点となるものが必要となる。 これこそが「観点としての視点」だ。そして「視点における観点の違い」とは、モチーフに解釈と判断を下し、描写に影響を与えるものである。 だがここまでの説明だけでは、まだ一般論に過ぎない。小説としての視点を理解するには、もう少し特殊な説明を必要とする。 そこで、「観点の違い」はどのようにして起こるのか。 「観点としての視点」に対する、もうひとつの視点の解釈。「立場としての視点」について知らなければならない。 |