偶然の技法 その6



■偶然の毒消し

 安易に偶然を使っては、御都合主義と思われてしまう。そこで御都合主義という印象・読感を《毒消し》してしまおう。
 毒消しとは、作劇上どうしても生じてしまう、違和感やデメリットを打ち消してしまう。もしくは逆に、面白くしてしまう。そのような類の技法である。


■実例1
 もういっそのこと、先に起こることを地の文で予告してしまおう。そうすれば、どんな大袈裟な出来事が、唐突に起こったとしても、読者はいちおう納得できる。
 ただし展開をネタバラシするも同然の手法である。唐突ゆえの驚きは減衰してしまうので注意しなければならない。
 文体としては、たいてい《作者の視点》ということになるだろう。この文体は使いどころが難しい。何重もの意味で使いどころの難しい技法だ。

《例》
「だが彼らはまだ知らなかった。三日後この国を災いが襲うということを」


■実例2
 事件を意図的に起こした、黒幕の存在を設定してしまおう。「実はコイツが全ての元凶でした」という黒幕がいれば、御都合主義的な偶然を連続して起こしても納得できるようになる。
 だがそのためには、意図的に起こした事件を、黒幕の存在が明かされるまで、偶然と思わせなければならない。
 かといって、無闇に偶然を起こして、黒幕がいたから納得しろ、でも読者はついて来ない。事件の内容に、黒幕が暗躍する辻褄が合っていないと、無理が生じるので注意して欲しい。

《例》
「フフフ、今回も計画通りだな」


■実例3
 これはむしろ「事件の起き方」というより「どう事件を解決するかの方法」に当たるだろう。
 設定の裏付けを最初から伏線として提示しておく。だが途中までは解決法を予想させないようにして、どんでん返し的に使うのだ。

《例》
絶望的な状況。だが助けが間に合った。なぜか?
→「俺は100mを五秒フラットで走れるんだぜ」
→だから助けるのが間に合った。


■実例4
 偶然も三度起これば必然となる。いくつもの偶然を重ねてみることで、その向こうに必然性を見透かさせてくるのだ。

《例》
●殺人事件の起こった場所を地図にプロットして線で結ぶと、図形ができた。
●なんでもなかった場所に、魔のトンネルという噂が聞こえるようになる。その頃から事故が連続して発生してみたり、幽霊の目撃報告が。


■実例5
 この先、どのような展開が偶然起こるのか。前兆という形で伏線を張ることにより、読者にも偶然を受け入れやすい態勢を作ってもらうのだ。
 いわゆる「死亡フラグ」というヤツである。

《例》
●嵐の前に黒雲。
●病で倒れる前に変調があり吐血。
●「俺、この戦争が終わったら結婚する約束をしているんだ」


■実例6
 《実例5》の応用ということになる。
 苦境に立たされた主人公が打開策を閃く。そのキッカケをどう得るのか。いきなりナイスアイデアを思いついたのでは御都合主義になる。だから、前兆としてナイスアイデアへのヒントをさりげなく与えるのだ。

《例》
●敵わないと思っていた相手だったが、練習したからパンチが当たる。
●諦めずに戦ったから、賭けに勝てる。
●「どんな料理を作ればAさんを満足させられるんだ? そうだ、あの時に聞いた落語にヒントがあるじゃないか!」


■実例7
 この技法は、偶然をそのまま読者へ提示してしまう。因果関係で納得させるのではない。読者を驚かせることで、偶然の出来事を「読ませてしまう」のだ。ある意味で、「偶然」の使い方としては王道といえよう。
 問題はその使い方だが。こういう展開になるのではないかという期待感、すなわち《フラグ》を立てておいて、へし折ってしまう。予想と期待をあえて裏切る。いってみれば、読者にフェイントをかけるのだ。

《例》
皆の助けを得て、最後の一球だ! でも駄目でした。負けました。ええええ。

 同じような使い方としては、キャラの意図が裏目に出るとか。悪い方向へ、運命の出会いがあるといったものがある。

《例》
●オヤツを秘密にしたくて、わざわざ隠していたのに、その隠していた場所が悪くて、偶然見つかってしまう。
●最も出会ってはならない相手との、最悪のタイミングでの遭遇。因縁の相手と出会う。

 ともかくこの技法において重要なのは、右から左へ、上から下へと、印象を逆方向から逆方向へ「振る」ことだと思ってほしい。

《例》
久しぶりに再会できると思った友人が、目の前で事故に遭ってしまう。


 と以上、毒消しの技法をいくつか紹介させてもらったが。同じ手法を繰り返し使い過ぎると、また御都合主義になるので注意してほしい。
 だが中には、定番として何度も使える、取って置きの毒消し技法もある。その手法を紹介して、まとめにしよう。


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