比喩講座 その5




 そもそも異化とは、昔のロシアで興ったフォルマリズムという文芸運動において、特に重要とされた考えでした。

 例えば、朝起きて顔を洗い歯を磨くという一連の行為。こうした日常は繰り返すうちに、自動化され、いちいち意識すらしないようになります。つまりは、感動がなくなる。そこをあえて表現してやることで、まるで初めてやる行為であるかのような、新たな感動を見出そうとする。
 これが異化というものです。

 毎日の登校や通勤で見慣れた景色も、恋人ができた日は、やけに夕焼けが美しく見えたりするものでしょう。
 人はどこにでもある自然・背景に対し、改めて意識を持って見つめ直すことで、初めて《風景》というものを再発見できるものなのです。これを芸術用語で《風景の発見》といいます。……本筋とは関係ありませんが、余談までに。

 さて、すると異化とは「新しいイメージを作る」とはいっても、単に新しいだけではない。古い感覚を、新しく更新することが異化の役割だということになります。
 ならば異化の「新しいイメージ」というのは、「覆すべき古くて、ありきたりのイメージ」の存在が前提として存在する、ということにならないでしょうか。

 ランダム俳句ジェネレーターというものがあります。ボタンを押すと、データベースにある単語をランダムに組み合わせ、勝手に俳句を作ってくれるというプログラムです。コイツがねぇ。異化として、案外と面白い俳句ができちゃったりするんですよ。
 映画のモンタージュ技法にも応用されている効果ですが。人の脳は何でも良いから並べられると、その中から勝手に意味を拾い出してしまう機能を持っています。さすがにランダム小説では意味が通じなくなるでしょうが。俳句程度なら、脳が勝手に意味を繋げてしまうのですね。
 だったら、人がどんなに頭を捻って奇抜な表現を考えたとしても。機械の生み出したランダム性には勝てるわけがありません。
 つまり、異化に新しさを求めるだけならば、わざわざ人間様が書く必要はないってワケです。

 そもそも人の発想とは、多くのサンプルを集めると似たり寄ったりになるもの。自分ではイカすと思い込んでいても、実際には陳腐な表現となっている場合が大半。
 けど、自分の言葉を持っていない人間に限って、見栄を張りたがるものです。おかげで比喩を使いたがる人間は、だいたいが初心者の厨二病患者かDQN系になってしまうんですけど。

 ならば最初から機械に書かせた方が良いのか。そうじゃない。人が書くから意味がある。そしてなぜ人は書くかって、伝えたい思いがあるからに決まっている。伝えたい思いがあり、その思いを伝えたい相手がいる。こんな基本も忘れた文章、どんなに凝ったところで面白くなるわけがありませんよね。
 そもそも異化単体で、従来にない全く新しい組み合わせだとか。他の誰もやったことのない全く新しい表現技法だとか。そんなもの、ありません。いま我々が使っている言葉というのは、長い歴史の中で積み重ねてきた結果です。
 だったらと歴史を無視して奇抜さだけを追求すれば、人類には理解できない宇宙人語になってしまうのがオチでピペポ。

 ちなみに詩人の異化というのは、説明せずとも伝わる、ギリギリのラインを狙っている。厳選しているのです。決して多用し、垂れ流してはいないはず。
 ですから皆さんも異化を使う際は、詩人のごとき緊張感を持っていて欲しい。……かなり無茶な話ですね。

 以上、同化は陳腐。異化は難しい。だったら、どんな比喩を使えば表現として面白い効果が得られるのか、って話になります。
 結局は地道な積み重ねあるのみなのですが。では、その地道なやり方とはどのようなものなのか?
 というわけで、当比喩講座における本題。比喩連鎖法の出番ということになるわけです。



補足:
 この異化と同化の効果は、キャラクター設定においても応用できます。
 登場人物のある性格を強調したい。例えば、主人公に恋する美少女の可愛さを表現したいとしましょう。

 これが同化ならば、どうなるか。とにかく主人公に尽くす。とにかく主人公にアタックするなど。当の美少女の可愛さを感じさせる表現を重ねて強調することになる。
 一方これが異化ならば、どうなるか。本当は好きだけど、思わず意地悪したり、強く当たってみたり。可愛さから、わざとかけ離れた表現を行いギャップを生むことになる。

《実例》
「ベ、別にアンタのためなんかじゃないんだからね!」

 いわゆるツンデレとは、異化効果を利用したキャラクター設定法と言えるだろう。




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