描写 その13

   「言い当てる」ための描写(2)




 もう一度、この図を見てほしい。この図は、さきほどの描写の概念を図式化したものだ。描写対象の周囲を、言葉がとりまいている。問題はこのひとつひとつの言葉だ。

 描写対象に触れないのが、描写のコツだ。だが実際には、描写しているうちに、どこまでが描写対象なのかわからなくなる、と言う事態が良く起こる。言葉を重ね塗りすることに夢中になり、描写対象を忘れてしまうのだ。
 最終的には言葉がバラバラになる。すると数々の言葉が結実させるはずの、描写対象と言うイメージは輪郭線が曖昧になる。
 この状態を指して「焦点が合っていない」と言う。描写対象の、言ってみれば輪郭線が曖昧で、読者は文章を読んでいても、何をイメージすれば良いのかがわからないのだ。

 描写のための言葉は、ただ単に配置されているだけではいけない。言葉には実は《方向性》がある。先に提示された言葉のイメージは読者の中に残り、後から提示される言葉に影響を与える。
 何をイメージさせているのか。言葉の《向き》を合わせなければならない。
 例えば先述した《残像効果》だ。「雨が降った」後に「靴が濡れた」と書いたとしたら、靴が濡れたのは雨のせいだと考える。これがもし、「靴が濡れた」のは「雨が降った」せいではないのに、何の説明もなければどうなるか。読者のイメージは混乱する。
 何もイメージを後に残さない言葉、もしくは描写対象とは全く別方向のものをイメージさせる言葉は、描写にとって邪魔でしかない。

 描写対象の更に中心には《要点》と言うべき核がある。
 こちらの図を見てほしい。ただ言葉を並べただけでは、描写とは言えない。全ての描写文と言葉は、《要点》の方向を向いていなければならない。
 映像における「焦点が合っていない」状態とは、輪郭線が曖昧で映像がぼやけた状態を言う。ならば文章における「焦点が合っていない」状態とはつまり、描写のポイントが絞れていない。言いたいことがまとまっていない状態である。更に言うと、語り手の《テーマ》が読者に充分伝わっていない、と言うこともできる。
 《要点》とは、描写対象の《テーマ》であると言い換えても差し支えない。
 ひとつひとつの描写には《テーマ》が必要なのだ。

 ストーリー講座でも説明した。テーマとは、語り手の意図と、その意図を伝えるための方法である。
 この場合は、描写対象を伝えたい、と言う目的が達成されなくてはならない。ならば描写対象をどうやって伝えるか。言葉を選ばなくてはならない。
 そこでもう一度さきほどの図を参考してほしい。描写対象の周囲に配置された言葉の《向き》が全て、描写対象の中心、つまりは《要点》の方向へ向いている。
 このように、描写には「ほのめかす」と同時に、「要点をとらえる」ことが求められる。

 「美しい景色」と書いてはならない。しかし語り手の頭の中では常に「美しい景色」のイメージを維持していなければならない。何のために描写するのか。語り手は常に念頭に置いていなければならない。
 基本的なことかもしれないが、とても重要なことでもある。
 でなければ、文章を書いているうちに、一体自分が何を書いていたのか、書いていることを忘れてしまう。何を書いているのか、わからなくなる。
 みんなにも経験があるのではないだろうか。


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