視点 その42

      「視点隠し」の技法(1)




 さて以上の理論を全て踏まえた上で、視点の応用的な使い方を幾つか紹介しよう。

 英語には必ず主語がついて来る。だが日本語は主語を必ずしも使わなくても構わない。前後の文脈と、人間関係だけで、主語を察してもらうのだ。
 だから、どちらの言語という優劣がつく話ではない。ただ単に歴史と伝統を積み重ねた結果、日本語がそうなったというだけの話だからだ。

 だが主語を使わないことで、下のような文章上のトリックができたりする。

《例》
「久しぶり。何か変わったことでもあったかい」
「今度結婚するんだ、彼女との間に子供ができちゃって」
「嘘ォ? そもそも君、彼女いたんだ」
「いや兄貴の話なんだけどね」

 これは、いわゆる叙述トリックのひとつといえるかもしれない。

【叙述トリック】
推理小説の手法の一。文章の記述上の仕掛けによって、読者をわざと誤認に導くもの。一般に、記述から想像される人物像や犯人像に関する読者の先入観を欺くものが多い。
《Yahoo辞書より引用》

 最初から全ての情報を出し尽くすのが、表現者の能ではない。隠蔽は、情報印象操作において基本中の基本。「情報を隠す」と言うのも、表現のうちだ。
 小説技法でいえば、これはつまり黙説法[レティサンス]の一種だといえる。

 レティサンスは文章技法の説明に過ぎない。だが主語に関する技法ということは、主体や主観と大いに関わりを持つ。つまりは視点にも応用できるということになる。


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