視点 その58

      パースペクティブと空間移動




 さて空間の奥行きをパースペクティブで描写できるようになったなら。次はさらに応用。
 焦点子と、近景と、遠景。この三点のパースペクティブを文章中で変えてみよう。すると「動いている」と直接書かなくても、移動していることを間接的に描写できるようになるはずだ。


 分かりやすい例を挙げるならば。モチーフが向こうから近付けば、パースペクティブは縮む。

《例》
男は歩く。太郎が来た。


 再び、視点を固定させたまま、今度はモチーフが小さくなると、遠ざかるように見える。

《例》
蝉の声が小さくなった。もう夏も過ぎて秋か。


 接触しようと、焦点子がモチーフへ向かっているのに、なかなか近づけないとしたら。それはパースペクティブが遠い、ということだ。

《例》
ずっと歩いているのに、まだ山の麓にも到着しない。


 まず広大な空間を用意しよう。焦点子は空間の中で固定させておく。その上でモチーフが移動して、焦点子の視野から消え去った場合。このモチーフの移動速度は、早かった、ということになる。

《例》
私は手を振り続けているというのに、彼を乗せた列車はもう見えなくなった。


 以上、紹介したようにモチーフとのパースペクティブだけで、焦点子の位置は描写できる。この手法を利用すると、下のような応用ができる。

 例えば、主となる登場人物の視点を隠し風景描写だけ行って、登場人物の動きを伝える。
 例えば、無人称のはずが実は有人称で、「私」がいつの間にか「彼」の傍まで移動していた。
 というような手法に、皆さんは既に憶えがないだろうか。

 実は、前に紹介した「視点隠し」も、パースペクティブを利用した空間移動描写のひとつ。いやむしろ視点隠しこそ、パースペクティブによる空間移動描写の真骨頂といっても良いだろう。
 視点隠しはパースペクティブと組み合わせることで、単なる応用から、高度な運用が可能になる。


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