描写 その16

   具体と抽象(1)




 すると、説明とは何なのか。描写との違いはどこにあるのか。と言う問題が生じてくる。
 だが実際は大した問題ではない。
 両者とも《文章》である基本は同じだ。違いを挙げるとしたら、提示している情報の質が少し違うだけだ。
 そして、「提示している情報の質の差」と言うことはつまり、「読者が読んだ時の印象の差」と言うことでもある。
 ならばその《差》がどこにあるのか。あえて言うなら情報が、具体的か抽象的か、と言うことになる。

 《具体》とは何か。ある人の頭の中にある思考の内容が、他の人にも同じ形で理解できるようになっている状態である。
 《抽象》とは何か。個々別々の事物などから、それらの範囲の全部のものに共通する要素を抜き出し、「およそ〜〜は〜〜のようなものである」と頭の中でまとめ上げられた状態である。

 ここで勘違いしてはならない。言いたいことが明確でないことを指して《抽象》とは言わない。
 良く日常に「具体的に話してくれないと、わからない」と誰かに要求することがある。だが別に、抽象的だからわかりにくいとか、具体的だからわかりやすい、と言うようなことではない。

 例えば、リンゴを知らない人間に、リンゴと言うものについて説明するとしよう。
 もしこの説明が抽象的すぎるとどうなるか。

  「赤いの」
  「丸いの」
  「食べ物」
  「えーっと、あんな感じ」

 何について話しているのか。大雑把すぎて、どうとでも把握できてしまう。結果として、何もイメージできない。逆に、あまりに具体的すぎる説明も

  「球状ではあるが完全に球体ではなく
   頂点部に若干のへこみが存在し……」

と細部に関する記述がいつまでも続き、いつまで経っても全てを説明することができない。すると、何についての説明なのか。提示情報が多すぎて、把握できない事態に陥る。
 具体も抽象も、度が過ぎれば「焦点が合わなくなる」。

 このように。
 具体的な文章は、誰にでも伝えられるが、貧困なイメージしか伝えられない。逆に、抽象的な文章は、曖昧模糊として他人に伝えにくいが、豊かなイメージを与えられる。
 具体と抽象は、両者とも一長一短で、優劣を付けられる類のものではないのだ。


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