描写 その11

          口伝




 ここから先は体系化された技法などではありません。書き手の間に伝わる経験則を集めたものです。


【その1】
 描写に関しては教えられないことがコンテクストと、まだ他にもある。描写の部品となるパーツの見つけ方だ。コイツは発想法の領域になってくる。そして発想法は自得してもらうしかない部分が大きい。
 発想法に関してはもう普段から、観察眼を磨くか、取材を重ねるか。人と、大喜利や古今東西でもして鍛えるしかなかったりする。
 だが対して心配する必要はないと思う。描写の部品なんて、せいぜいが2〜3も思いつけば充分だ。使い物になる。後は部品の配置など、再び技術の領域に戻ってきてくれるだろう。


【その1.5】
 それでもやっぱり、描写内容が思いつかないという人へ、コツをひとつ教えよう。主旨を分解して考えると良いよ。
 例えば、あなたはプロの野球選手になりたいとしよう。ならばどうすれば良いか。《問題解決学》では、小さい現実的な課題をクリアすることから始める。
 野球選手になりたいのなら、甲子園にでも出場して活躍すれば良い。その前に地方大会で活躍できるだけの実力が必要となる。試合に出させてもらいたいのなら、レギュラーにならなければならない。だが今は体力が不足している。だったらまずは毎日のランニングから始めよう。……とこんな感じに。大きな目標とは、小さな課題を積み重ねた延長線上にある。
 同じように、伝えたい主旨の《全体》だけ見ていては、「何となく」しか分からない。「彼は何となくハンサムな気がする」ではいけないのだ。どうして、そのような印象を抱いたのか。その主旨に至った途中の《部分》に注目する。あえて視野を狭くしてみる。
 そうやって、「こんな眼の形ならば、ハンサムといえるだろう」というふうに考えてゆくのだ。


【その2】
 描写をより効果的にする方法だ。これには観察眼を磨かなくてはならない。
 描写の部品に、さりげないリアリティを盛り込んでみよう。伝えたい主旨に対して、ピタリと当てはまる部品を選別して使うのだ。
 例えば、人からハンカチを貸してもらった。するとそのハンカチには、きっちりアイロンがかけてあることに気が付く。ああ、この人は几帳面なのだなあ、という描写になるわけだ。
 だがこれが案外に難しい。描写を行うだけで面倒なのに。より発想に細部[ディテール]が求められることとなるのだから。優れた書き手であっても、そうそう簡単にできる手法ではない。
 とりあえずは《あるあるネタ》を描写に盛り込めればラッキー、くらいに憶えておいて欲しい。


【その2.5】
 ボクが小説修行をしていた頃の話だ。雪の降る冬の頃。小説仲間と連れだって、夜の通りを歩いていた。すると先輩がこんなことを教えてくれた。
 みんな夜空を見てみろよ。お前らなら、この降る雪をどう描く? 雪というのはな、天から地へ、まっすぐストンと落ちるんじゃないんだ。地上から空を見上げると雪は、大きく螺旋を描きながら降るんだぞ。
 聞いてボクを含めた皆は「おおー」と関心の声を上げた。だけどこの時はまだ意識できていなかった。本当は雪の降り方よりも、もっと大事なことを教わっていたのだ。ありふれた物事でも、どうやって表現すべきか、常に意識する。「小説家としてのまなざし」とでもいうべきだろうか。
 それは技術を通して伝えられ、だが技術よりも大事なものだ。なのでこの場を借りて、ボクが先輩から教わったことを、更に皆さんへ伝えさせてもらいます。


【その3】
 さて描写が上手くなると、今度は描写がしたくて堪らなくなる。もうアクション描写だけで、何百枚とか書きたい。さもなくば官能描写ばかりやりたい。きっとあなたの周りにも、そんな人がいるはずだ。
 実際、描写が上手くなるには、そういった人の持つ《描写脳》とでも呼ぶしかない何かを育成するしかなかったりはする。
 ココまで来ると描写の方から溢れて止まらなくなったりするものだが。慣れるまで、描写なんて面倒なだけなのは仕方ない。まずは、描写すべき箇所だと思ったら、いちいち立ち止まる癖をつけよう。
 ボクも基礎を忘れないよう「描写しろ!」と机の前に張り紙したものだ。


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