描写 その9 中心に触れないで描き出す(3) |
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【手法例その4】 描写とは伝え方の工夫であり、《そのまま》を伝えない、という技法である。 そこで【手法例その1】で紹介した「自分で宣言する」のに対抗して、「他人から伝えられる」というのはどうだろう? 《例》 「あなたはハンサムだ」 「太郎さんったらハンサムなんですってよ?」 「ユーアーハンサム!」 「キャー! ハンサムが来たわよ」 「ハンッサム! ハンッサム! ワァァァッッッ! (シュプレヒコールが巻き起こる)」 情報というものは他人を挟むだけで、案外と簡単に、客観性を獲得したりするものである。 だから、他人から伝えられただけで、噂というものは信じやすくなったりするものだ。例えば「俺って良いヤツだよ!」と自分で主張しても、信じてくれる人は少ない。ところが他人を挟んで「あの人って良い人らしいよ?」と伝えられるだけで、一気に信憑性が増す。 以上は小説ならば、誰が伝えるかという、視点の問題にもなったりする。奥の深い手法だ。 【手法例その5】 「……のような……」という比喩・たとえも、イメージを浮き上がらせるという意味では、描写の一種といえるかもしれない。 《例》 「ハリウッド俳優のようにハンサムだ」 ところで実は比喩とは、文章技法独特の技法である。比喩のように「異なるイメージを結びつける」というような技法は、他のメディアでは難しいし、ほとんどない。 【手法例その6】 比喩の応用に近いだろう。風景で情緒を表現するのだ。 《例》 ショックを受ける→雷が落ちる この技法は特に、日本文学で多用されている。ただし安易に使うと陳腐になりやすいので注意すること。 【手法例その7】 本当は嫌なのだけど、特別に紹介します。ボクの得意とする手法です。とはいっても、取り立てて、すごい技術というわけでもないのですけどね。今まで紹介してきた手法を総合的に応用したものといえるでしょう。 これは《リストアップの手法》に似ています。主旨の周辺に関する説明を、地の文で行う。「私はハンサムだ」の例文ならば、ハンサムに関する《描写部品》の説明をする、ということになるでしょうか。 《例》 「顔の作りは、せいぜいが並以上といったところ。 だが気前が良く、特に女性からの頼みは断れない。 それでいて正義感が強く、誰からも慕われている。 まさに生き様自体がハンサムそのものといった男であった」 一文ごとを見ると、説明文で描写文にはなっていない。だが全体的に見ると、ある主旨に関する描写として機能している。《説明的描写》もしくは《描写的説明》とでもいうべきか。もうここまで来ると、《描写文》と《説明文》の区別すら失ってくる。 これは、ライトノベルなど最近の小説では珍しい文体かもしれない。明治・大正期の古典文学ならば、良く見受けられるのだが。ボクもこの文体は、講談や浪曲などの古典話芸から盗んだ。 ざっと紹介してきたが、他にもまだまだ、書ききれないほどある。 特に【手法その7】を使いこなすに当たっての話なのだが。この手法を使いこなすには、小説文の特性を捉える。地の文とは何か? 描写とは何か? 説明とは何か? 一体いま自分は何について書いているのか? 自分はどう書きたいのか? そもそも小説とはどのようなものなのか? 書き手の小説に対する理解が深まれば深まるほど、あなたが持つ描写の手法は増えてゆくことだろう。描写においては、書き手の小説に対する《引き出し》が問われることになる。勉強あるのみである。 以上、描写の初歩的なやり方でした。 |